SSブログ

教えることができないこと [ゼミ・教育]

 大哲学者カントは、哲学は教えることはできない、教えることが出来るのは「哲学すること」だけである、と言った。そう。学問(大学での勉強)には、教えることが出来ることと教えることが出来ないことがあるのである。

 大学での勉強には、教えられること・教えてもらえることと、教えられないこととが混在している。その区別を付けられる学生は、必ずしも多くはない。それが分かるようになった学生は、大学での学問を有効に身に付けて卒業していくことができるのである。

 教えられることは、本に書いてあるような、既に確立された、基礎的な知識である。これは、より高度になってはいるが、高校までの勉強の延長だと言っていい。何事にせよ、その学問の基礎的な知識や方法、文献資料のありか、などを知らなければ、研究はできない。これらは、知識の伝達として、授業で、あるいは授業外で先生や先輩から教えてもらうことだ。前にも書いたように、大学の授業は、きっかけをつくるだけで、本当には自分で調べなければならないが、それでも調べて分かるようなことは、知識に属するものであり、調べることによって、本なりネットなりに教えてもらったと考えていい。これは機械的に、やればやっただけ自分の中に蓄積していくものである。

 しかし、そうして蓄積した知識、あるいは調べたことに基づいて、何らかの自分なりの考えを作り上げることは、他の人から教えられるようなものではない。本人が、あれこれと試行錯誤して考えて行くことで作り上げていくしかないものである。そしてそれができないと、卒論執筆のような、自分の側から発想したり表現したりすることが出来ないのである。ここにレポートと論文の違いがある。レポートは調べたことを書く。論文は、調べたことの先に、それに基づいて、自分の意見を書かなければならない。調べることは前提だが、それは論文の本筋にはならない。そこから先の、考えたことのみが論文で書く意味のある部分なのだ。

 長いレポートにしかなっていないような卒論が、世の中にどれだけあるかを考えれば、この「考えること」を体得できた人が少ないことが分かる。教えてもらえないようなことは、できるようにならない、ということなのだろう。

 教えてもらうことは、受け身ですむので、単に一定の手順と時間をかければ、自然に進んでいく。それに対して、自分の考えを作り出すことは、それこそ、何もないところ、それまでにないもの、自分独自のものを作り出すわけだから、非常に難しく、苦しい作業になる。苦しくても、それができたときには、無上の喜びを感じるのだから、単に苦しいだけのものではない。しかし、その過程は、とても辛い、抵抗感のある作業になるので、最後までやり遂げずに途中で放棄してしまう学生が大部分である。

 僕の学科では、二年生のゼミに当たる授業で、7名程度のグループを作り、そのグループで一つの課題を追求して、その結果をPowerPointでプレゼンする、ということをする。僕は、最初は、自分の学科について振り返ってもらう意味で、「人文情報学科を高校生にアピールするためのプレゼンを作る」というテーマでプレゼンを作ってもらっている。

 これは、身近な話題だとは思うが、いざ、やり始めてみると、どうしたらいいか分からず、グループでの話し合いは沈黙に終始する。必修の授業なので、仕方なく受けていて、積極的に取り組もうという動機が乏しいという事情もある。しかし、難しくなければ、もう少し積極的に参加するような人まで、何もできないままに頭をかかえているのだ。

 最近、僕は次のような文句というか抗議を受けた。「学生にやれ、と言って任しているけれども、それは一見、僕たちに期待しているかのように見えて、実際は、〔教えるべきことを教えずに全部学生に〕押しつけているだけではないか。僕たちはプレゼンをしたことがないのだから、最初から少しずつ基本的なことを教えていってもらわないとできない。授業中に終わらない部分は、授業以外に集まってやれと言われたって、僕たちもバイトがあったりで忙しいし、無理な注文だ。」

 実際には、彼らが期待しているようなことは、教えることの出来ないものなのだ。やはり、個々のテーマについて、いろいろ話し合うことで、自分たちで作っていかなければならないことなのだ。僕の役割は、ちょうど、産婆術のように、側面からアドバイスや示唆をすることで、議論や考えを展開していくのの背中を押してあげるだけだ。ということを分かってもらうには、どうすればいいかは、ちょうど「哲学」ではなく「哲学すること」を教えられるように、その手順を教えることはできるはずなのだが、そのことについては、また後日書くことにしよう。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。