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本当の幸せを求めて [チベット]

 久しぶりの更新ですみません。春休みは、実は休みではなく、普段できなかった研究をいろいろやっていて、かなり忙しかったのです。まだやるべきことは残されていますが、もうすぐ新学期が始まりますので、心機一転ブログの方も復活したいと思います。

 3月16日、大学の生涯学習講座という社会人向けの講座でチベット仏教の話をした。と言っても、一般の方、特にお年寄りが多いので、チベット仏教についての全般的な話ではなく、ダライラマの思想の一端を、仏教色を廃して分かりやすく説明した。

 以下は、そのとき配布した資料である。「プラスの感情・マイナスの感情」の節は僕の書き下ろしだが、他は、ダライラマの著書『幸福論』からの要約ないしは抜粋である。口頭での説明がないと、雑然として十分に伝わらないかもしれないが、これらの言葉のどれかにでも関心を持ってもらえて、ダライラマの著書を読もうと思ってもらえればうれしい。

 この本は、平易な言葉で人間の生き方を説いている。言葉は平易だが、それを自分の身で納得して引き受けるのには、それなりの時間が必要である。さらにそれを実践していくとなると、もっと時間がかかる。少しずつ実践しながら、しかも、また読み直すことで、さらに理解を深めることができる。つまり、一生ものの本である。是非、座右に備えていただきたい。

ダライラマの教え

『ダライ・ラマ 幸福論』ダライ・ラマ14世 テンジン・ギャツォ著 角川春樹事務所、2000年。

幸福論

幸福論

  • 作者: ダライラマ14世テンジン・ギャッツォ, His Holiness The Dalai Lama
  • 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
  • 発売日: 2000/05
  • メディア: 単行本

 真の幸福とは何であり、それを実現するにはどうしたらいいかを、仏教の知識や教義を前提とせず、道 徳ないしは倫理の問題として分かりやすく説いたもの。原題は、¥textit{Ethics for the New Millennium}、つまり『新しい1000年期のための倫理学』。

 今日の講演では、ここで説かれた教えの一部、その概要を、少し別の視点から分かりやすくお伝えする。

人間の基本的な願い

  1. 人は誰でも、幸せを望み、苦しみを避けようとしている。幸せを望み、苦しみを避けたいと思う ならば、誰でも、それを実現する権利がある。
  2. ある行為が、道徳に適っているかどうかを考えるとき、その行為が他人にどういう影響を及ぼす かを考える必要がある。他人の幸福を求める心を制限するのか、他人の幸福を増大させるのか。
  3. 自分一人の幸福を追求しても、真の幸福は得られない。自分の利益と他人の利益は一致する。

幸せとは何か

  1. 感覚的な快楽、五官の楽しみは、一時的なものにすぎず、それを維持しようとしたり、それを失 うことで苦しみの原因となる。
  2. 心の苦しみは、私たちが衝動的に一時的な幸せを求めるところから発生する。
  3. 本当の幸せとは、心の平安である。心の平安には、外面的な要素は役に立たない。私たちの基本的 な姿勢、つまり外の世界とどのように関わっていくかを考えることが、心の平安を得る上で一番重 要である。
  4. 他人のことを思いやれば、それだけ自分のことを思い悩まなくなる。自分のことを思い悩まなけ れば、それだけ私たちの苦しみは軽くなる。

プラスの感情とマイナスの感情

  1. 仏が共通に教えたことがある。「諸悪を作ることなかれ。衆善を奉行せよ。」善を行い、悪をな さないことが、真の幸せにつながる。
  2. 善とは何か。悪とは何か。善や悪は、行為であるよりも前に、まず心の問題、心に生まれた感情 の問題である。善い行為を引き起こす感情をプラスの感情、悪い行為を引き起こす感情をマイナ スの感情と呼ぼう。
  3. プラスの感情:
    愛情、親愛の気持ち、思いやり、優しさ、共感、善意、誠実さ、寛容さ、平静な心、許す心、困っている 人を助けようとする心、人が幸せになるのを喜ぶ心、安らぎ
  4. マイナスの感情:
    怒り、敵意、憎しみ、苛立ち、悪意、不寛容、蔑視、差別感、優越感、暴力的な心、攻撃的な心、人が不 幸になるのを喜ぶ心、むかつき
  5. プラスの感情は、全て、他人に対する思いやり、他人を大事にする気持ちを基礎にしている。利他 的な心と言える。マイナスの感情は、全て、他人を傷つける、他人を害する感情を基礎にしている。 排他的な心と言える。
  6. マイナスの感情は、他の人を傷つけるだけではない。自分の心にも知らず知らずのうちに悪い影響 を残していく。逆にプラスの感情は、他の人に良い影響を与えるだけではない。自分の心にも知ら ず知らずのうちに良い結果を残していく。心に蓄積する悪い影響は不幸や苦悩を引き起こし、良い 影響は心の平安と真の幸福を大きくしていく。
  7. マイナスの感情とプラスの感情は拮抗しているので、マイナスの感情が起こりそうになったとき、 それに囚われる前に、プラスの感情を思い起こし、マイナスの感情の力を弱めていく。そうするこ とで、心を少しずつでも、穏やかなものにすることができる。利他的な気持ち、行いが、本当の幸 せ、真の幸福をもたらす。それが「自利」である。

他人を傷つけないためには

  1. 他人を思いやるためには、他人に感情移入する能力が必要である。これは人間の基本的な能力で ある。
  2. 他人に感情移入することで、他人の苦しみを見るに耐えられないという気持ちを起こすことが出 来る。
  3. 他人に感情移入することで、自分の行為が他人にどのような影響を与えるか、他人を傷つけない か、他人の幸福を制限しないか、考えることが出来るようになる。
  4. 怒り・苛立ちを抑えるには、「忍耐」が必要である。「忍耐」とは、自分の欲望や自然な感情を我 慢することではない。「持ちこたえる力」を意味する。「持ちこたえる力」とは、マイナスの感情 に押し流されそうになったときに、プラスの感情によって、押し流されずに持ちこたえる力を指す。 自分の欲望を抑えることではない。プラスの感情を大事にすること、育てることによって、忍耐を 養う必要がある。

全ての人に対する思いやり

  1. 自分に関係のある人に対する思いやりは、本当の思いやりではない。これは理由があるから思いやっ ているが、その理由がなくなれば、思いやりも無くなってしまう。自分に関係のある人に対する思 いやりは、自己愛の延長、自分の満足を求める心に他ならない。自己愛は結局苦しみをもたらす。
  2. 全ての人は、等しく幸せを望み、苦しみを避けたいという願いを持っている。その点に違いはない。 だから、思いやりは特定の人に対するものではなく、全ての人に対して向けられるべきものである。
  3. だからといって、全ての人のために直ぐに行動を起こす必要はない。問題は行動ではなく、それに 先立つ心のあり方、他者の幸せを願い、他者の苦しみに共感する心のあり方である。心が、思いや りを基礎とするプラスの感情に満たされれば、本当の幸せを実現することができる。
  4. 全ての人に対する思いやりを持ち、全ての人の幸せを願い、その苦しみを取り除こうと考えて行動 することを、ダライラマはUniversal Responsiblity「普遍的な責任・地球規模の責任」と言って いる。これはPersonal Responsibility「自己責任」と反対の考え方である。「自己責任」という言葉の背後には、「あなたのことはあなたが責任を持ちなさい。私は関係ないです。」という意図が見える。これはダライラマの説く、あなたと私を区別せず、あなたの幸福と私の幸福は一致する、そして、全ての人の苦しみに感情移入し、全ての人の幸せを願う、という行き方の対局にある考え方であることは、明らかだろう。

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シュジュー

ブログ更新、嬉しく読ませて頂きました。「優しい人になりましょう」と、ある方から静かに言われたこのお言葉が、常に意識から離れなくなった今、沢山のヒントを頂いたようで有難かったです。何かある毎に怒りに心を占領されてしまい、優しさは何処へ・・?状態になる人間にとって「マイナスの感情に押し流されず、もちこたえる力を養う」という修行?は、やりがいがあります。有難うございました。
by シュジュー (2006-03-20 10:11) 

セン@小坊主

Personal Responsibility「自己責任」の考え方が支配的な社会は、悲惨です。全ての人の発言権が保障されておらず、結局は権力者の意見のみが押し通され、息苦しく、非生産的・非創造的な社会になります。一部の者が一部の意見にしか耳を貸すことがありません。そのままでは、若者や新人の才能が発掘される可能性も制限されてしまい、「出る杭は打たれる」そういう社会になってしまいます。

Universal Responsiblity「普遍的な責任・地球規模の責任」の考え方に生きている人は、対話の精神に溢れています。社会的に立場の低い者をも排除することなく、少数意見であってもそれが良い意見ならば、積極的に聞き入れて社会に反映しようとする姿勢があります。高い地位にある者が、謙虚かつ公平で、社会の成員すべての意見に差別なく耳を貸す、ゆとりある心の持ち主ならば、社会が持っている潜在力がいかんなく発揮され、宝物ような才能が発掘されることでしょう。
そのような社会を築き上げていく一助になりたいと、心から願っております。
by セン@小坊主 (2006-03-20 15:18) 

yfukuda

シュジューさん、こんにちは。ゲシェラのお話では、怒りに対して忍耐を持ちなさい、ということでしたが、僕は、怒りを含むマイナスの感情に対しては、それ自体を何とかするよりも、プラスの感情を心に思い浮かべるようにする方が、楽なような気がしています。プラスの感情を思い浮かべていけば、自然にマイナスの感情は力が弱まっていきます。マイナスの感情を直接減らそうとしても、難しいと思います。

ブログを再開はしましたが、仏教系のお話は余りできないかもしれません。ネタ不足・勉強不足です。新学期も始まり、大学での話が主となってしまいそうです。
by yfukuda (2006-03-21 03:36) 

yfukuda

セン@小坊主さん、こんにちは。
Universal Responsibilityの意味がよく分からないでいましたが、あるとき、自己責任の英語がPersonal Responsibilityだと知って、なるほど、と思いました。

それでも、まだ十分にその違いを言い表せなかったのですが、今度の講演で話をしているうちに、そういうことだったんだ、という気付きがありました。それを上に簡単に書きました。

こういうようにダライラマの言葉を始めとして、仏教の教えは、こちらの成長に合わせて、より深い意味を理解できるようになっていくものだと思いました。
by yfukuda (2006-03-21 03:42) 

シュジュー

いつかマイナスの感情が瞬時にしてプラスの感情になることを夢見て、マイナスの感情が起こったときはプラスの感情を思い浮かべること、「修習」します!
大学でのお話、読ませていただきました。これからの時代にとって、必要なことと感じました。
できましたら仏教系のお話も時々思い出して下さり、又、ゲシェラのお話も書いて頂けると嬉しいのですが・・・。
親切なるお教え有難うございました。励みになりました。
by シュジュー (2006-03-22 11:36) 

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