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新アジア仏教史第9巻「チベット」が出ました [チベット]

History_of_Asian_Buddhism.jpg ここ3年ほど関わってきた、佼成出版社のシリーズ『新アジア仏教史』チベットの巻が刊行されます。現時点での日本語で読める一番まとまった概説書だと思います。しかも、シリーズ中、このチベットの巻が一番厚いのでお買い得です。

 僕はゲルク派、カギュ派、ニンマ派の教義と歴史を書いています。チベット史とダライラマ14世の特論を石濱が担当しているほか、小野田先生や森雅秀先生、伏見英俊先生を始め、平岡宏一さん、野村正次郎さん、三宅伸一郎さん、岩尾一史さん他が執筆しています。

 監修は沖本克己先生ですが、編集は僕がやりました。序文を一部省略して挙げておきます。手元のファイルなので、本では少し手直ししています。

 また、目次のPDFをここにアップしておきます(URL間違ってました。修正しました。)。非常に中身の濃い本でしょう。是非読んでみて下さい。(Amazonでは配本はまだのようです。購入できるようになったらリンクを張ります。)

 もう一つ追加。本では長すぎでカットになった部分も別記事で公開しました

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 ここに地域の名前を取って「チベット仏教」と言ったが、それは「チベットに特有の仏教」という意味ではなく、「チベットで発展した仏教」という意味である。チベット仏教は後期インド仏教が直接伝わったところから始まった。その伝播は数世紀にわたって継続的に行われた。インドを代表する高僧や密教行者がこぞってチベット人に法を伝え、チベット人たちもまた積極的に法を求めてインドに留学した。
 チベット仏教を考える上で、その普遍性と特殊性を見極めることは重要である。チベット仏教の普遍性とは何であろうか。それはとりもなおさず仏教という教えの普遍性である。チベット仏教の本質は、インドの仏教そのものである。チベット人は、サンスクリット語仏典をできる限り正確にチベット語へと翻訳した。欽定の訳語集も制定され、訳語の統一が図られた。現存している仏典は、チベット語で残されているものが、他の言語を圧倒して多い。チベット人達はこれらの文献を取捨選択することなく、様々な言説を比較考量し、その矛盾点や相違点をも体系的に理解できるような論理的な解釈を構築した。それを、無数の学僧たちが何世代もかけて議論を戦わせて作り上げてきたのである。それが完璧であるとか、絶対的に正しいと言うつもりはないが、かれらが作り上げた仏教理解は、われわれが限られた時間と一部の文献を元に作り上げた理解を遙かに凌駕しているとは言えるであろう。
 仏教という思想が人類にとって普遍的な価値を持っていることは、近年のダライ・ラマ十四世の言動に明確に示されている。ダライ・ラマは、もともとチベット仏教の特殊性の具現化したものである。観音菩薩の化身がチベット人を救うために転生するという考え方はインドに直接由来するものではない。しかし、かれが現在の歴史的状況の中で示してきた人間としての価値は、そういった特殊性とは無縁の普遍的な智慧、仏教の価値観に基づく普遍的な人間のあり方である。
 チベット仏教の特殊性とは、仏教がチベットという特殊な環境で変容したという特殊性ではなく、チベットが仏教によって変容したという特殊性である。変わったのは仏教ではなくチベットである。チベットの歴史はすなわち仏教の歴史であり、政治の担い手も仏教思想の中で行動している。チベット語で書かれた膨大な文献のほとんどは仏教文献である。文学、美術、音楽なども仏教を主題としないものは少ない。チベットという国の全てが仏教によって貫かれ、またチベットの価値も仏教によって支えられている。全てが仏教という普遍的価値に献げられた国は他に例を見ない。
 現在、チベット仏教の僧侶たちは中国による侵略を逃れ、インドに亡命して、そこに寺院を再建している。考えてみれば、これは仏教が再びインドに帰還したのだと言うこともできよう。今や仏教は再びインドに戻って栄え始めたのである。これはチベット仏教であろうか、それともインド仏教であろうか。そのような問いはチベット人の誰も意識にさえ上せないであろう。彼らはかつての仏教そのままを今も維持していると考えているからである。
 本書は、そのようなチベット仏教の今について、様々な視点から詳しく、かつ分かりやすく紹介したものである。本書は単にチベット仏教の歴史を述べたものではない。歴史はもとより、各宗派の教義、美術史、世界に散らばっていた高僧たちの消息、僧院生活、宗教的行事、巡礼や灌頂、そしてチベット仏教を現代に具現しているダライラマ十四世についての特論など、いずれの章も過去のチベット仏教についての記述ではなく、現在生きているチベット仏教の諸相を理解するために必要な情報を提供している。
 これまでにも、何度かチベット仏教についての包括的概説書が書かれてきた。その多くは同じ執筆陣が繰り返し同じ内容をまとめたものであった。しかし、その後チベット仏教の研究は長足の進歩を遂げた。そのため本書では、ほとんどの執筆者を一新している。各執筆者はそれぞれ独自の視点で内容の取捨選択をして、今までにない斬新な切り口と、新たな情報を盛り込んでいる。その意味で、現在望みうるもっとも包括的なチベット仏教概説書であると言える。本書を、チベットとチベット仏教に関心のある全ての人に献げたいと思う。
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